Pixar のカルチャーは、創造性の真の守り手だった
ある会社が、仕組みよりも人間の創造性を信じると決めたとき。純粋なテクノロジー企業として生まれ、やがて本当の競争力は仕組みではなく人にあると気づいた Pixar の物語——そして Ed Catmull が、合併のあとも BrainTrust という営みを通して、そのカルチャーをどう守り抜いたのか。

ビジネスの世界で、私たちは大企業の成功を、見慣れた要素と結びつけることに慣れてしまいました。
力強い戦略…洗練された運営モデル…潤沢な資金力…そして、効率を極限まで高めるために設計された管理の仕組み。
けれど、こうしたモデルのただなかに、まったく違うやり方で成功を築こうと選んだ会社が現れました。本当の競争力は仕組みから始まるのではない…人間そのものから始まるのだと信じた会社が。それが Pixar Animation Studios でした。
興味深いのは、Pixar がそもそも、人間を——あるいは今日私たちが知るような創造性を——中心に据えた発想として生まれたわけではない、ということです。のちにこの会社にまとわりついた印象とは裏腹に、その最初の核にあったのは、純粋なテクノロジーでした。高度な計算技術、デジタル処理のシステム、そして本来は複雑な計算工学に依存する巨大な存在のために設計された道具たち。
そのテクノロジーは、最終的には人間に仕えていたのかもしれません。それでも、人間という要素が発想の中心であったことは、一度もなかったのです。
物語は、ひとりのプログラマーであり思索家でもある人物が——その真の価値を世界がまだ知らずにいた人物が——歩み去ったときに始まりました。当時はまだ、ありふれた名前にすぎなかった男。のちに彼が体現することになる、あの並外れた地位とは比べものにならないほどに。Ed Catmull という名でした。
そしてほぼ同じ瞬間に、もうひとり、自らもまた歩み出したばかりの投資家がいました。自分の会社を去ったばかりで、他の誰にも見えないものが見えていた人物。彼はそのとき、Lucasfilm の内部から切り離された小さな部門に投資すると決めたのです。その部門を率いていたのは、ほかでもないあの Ed。当時それは、より大きな組織のなかで居場所を失った、ひとつの傍流の部署にしか見えませんでした。ここでいう投資家とは、Steve Jobs のことです。
まさにここから、まったく違う何かが形をとりはじめました。長い年月の労働ののち、チームが時間を費やしたのは、Pixar Image Computer と呼ばれる、高性能なコンピューターの開発でした。先進的な工学の力を込めて設計され、技術的に時代を先取りしていた一台の機械…
けれど彼らは、根本的な問題に気づきます。その価格はあまりに高く、大企業でさえ投資をためらうほどだったのです。製品の質と工学的な精緻さにもかかわらず、市場はまだ、Pixar が売ろうとしていたものを受けとめる用意ができていませんでした。危機が始まったのです。
年月は過ぎていき…投資は枯れていき…会社は少しずつ、財務的な崩壊の縁へと近づいていきました。
ふたりの男は腰をおろし、ひとつの戦略的な決断をくだしました。それぞれが、世界をまったく違うやり方で見ていました。市場と生き残りの言葉を知り尽くした、ビジネスマンの頭脳をもって現れた Steve Jobs。そして、テクノロジーと創造性のなかに、続けるに値する工学のプロジェクトを依然として見ていた Ed Catmull。
もはや、テクノロジーだけが物語ではなくなりました。創造性も、孤立した芸術の才能にすぎないものではなくなりました。そのかわりに、稀有なひとつのモデルが形をとりはじめたのです。テクノロジーの精密さと、人間の想像力の自由とから織りなされたモデルが。
それはひとつの体験になりました。そして、その決断の最初の本当の試金石が、世界へと送り出されます。1995年、会社は Toy Story を公開しました。歴史上はじめて、全編がコンピューターアニメーションで制作された長編映画です。
約3,000万ドルほどの予算でつくられた一本の映画…それが、世界中で3億6,000万ドルを超える興行収入をあげる、地球規模の成功へと変わったのです。同じ調子で、次々と成功が連なっていきました。やがて、世界最大級のエンターテインメント企業のひとつから、買収の申し出が届くまでに。Walt Disney でした。買収は実際に成立しました。それは当時、Pixar が長い年月をかけて成し遂げた、並外れた成功の自然な延長にも見えた一手でした。
けれど、本当の問いを呼び起こしたのは、その取引そのものではありませんでした。それは、大きな合併のあとに、いつも決まって起こることだったのです。
最後に勝つのは、どちらのカルチャーなのか。
違うやり方で成功を築いた、小さな存在のカルチャーなのか…それとも、成長と商業的な見返りの計算に支配された、大きな存在のカルチャーなのか。その答えは、そう長くは待たせませんでした。
2011年、Cars 2 が、観客が Pixar に見慣れていた水準に照らして、この会社の歴史における最初のあきらかなつまずきとなったのです。
そしてここで Ed Catmull は悟りました。問題は映画そのものにあるのではなく、はるかに深いところにある何かなのだと。はじまりから Pixar の成功を築いてきたカルチャーが、少しずつ、新しい存在のなかへと溶け込んでいってしまっていたのです。そこで Catmull は、ゆるぎなく、毅然として、初日から信じてきた哲学の核心へと立ち返ることを決めます。会社が差し出せる最良のものとは、答えを押しつけることではなく、人々の知性が自らその答えにたどり着ける環境を生み出すことだ、という哲学へ。だからこそ彼は、長い年月にわたって Pixar を際立たせてきた、もっとも大切な営みのひとつを、ふたたび根づかせたのです。BrainTrust を。
それは、創り手たちに、批評と対話と知的な挑みのための、誠実な場を与えることに立脚した営みでした。彼らを縛る権威もなく、語ることを妨げる恐れもない場を。Pixar は信じていました。創造性を敬うとは、作品をつくる知性を敬うことだけを意味するのではなく、その作品を最後に受けとる知性をもまた敬うことなのだと。
そしておそらく、これこそがこの会社の旅路の全体を通して、もっとも大切な教えだったのでしょう。人間に、考える自由と、受けとる自由とを与えるカルチャーを、どう築けばよいのかを知るということ。
私の問い:あなたの会社には今日、Ed Catmull がそうしたように、組織のカルチャーを生み出し、それを守り抜くことを敢えてする人が、いるでしょうか。